嘘の研究

真理の探究は昔からさかんだけれど、嘘の研究はあんまり聞かない。デリダ嘘の歴史はいい着眼で、嘘の検討から政治社会の問題を掘り下げている。嘘の研究は、きっとその反面である真理の研究にも役立ちそうなのだ。デリダを参考にすると

1嘘は、発信者がメッセージを偽と認識していながら、意図的に偽のメッセージを受信者に伝えて利益を得るコミュニケーション行為である。

2その受信者が発信者本人であるときは、自己欺瞞と呼ぶ。これは嘘の形態でも特異なもので、最終的には自分が偽のメッセージを発している、つまり嘘をついていることも分からなくなる。

3嘘が広範で持続的な社会状態としては、全体主義が典型的である。国体を中心に、道徳、民族、言語、歴史、文化、政治、経済、社会などを壮大な単一の嘘で固め、異なるもの、疑うものを排除する。現代のメディアコントロールも、嘘の手段の一つである。

4嘘が成り立つのは、発信者が真理を伝えるよりも、利得を大きいときである。ゲームが繰り返されて、割引率が小さく、発信者の行動を見間違えず、嘘に対して十分報復できるならば、真のメッセージを伝える方が得になるものだ。だから嘘をつく側は、絶えず争点を変え、相手を目先の利益で反応するように仕向け、情報は隠蔽し、反政府活動は取り締まる。どっかの政権みたい。

5嘘と分かるのは、反証事実がある場合になる。しかし巧妙な嘘は、人間の認知バイアスに深く作用するので、反証事実があってもなかなか嘘と認めない行動がしばしば観察される。受信者も自己欺瞞に陥った状態である。こうした洗脳されたような人びとに周囲を固められると、心理実験で明らかなように同調圧力で従ってしまう。そうなると抗うのは難しい。

とりあえず分かっているのはこんなところ。人間が言語を獲得してコミュニケーション能力を飛躍的に発達させたと同時に、嘘の歴史も始まったのだろう。でも21世紀に嘘が最盛期を迎えるというのは何だかな。もうちょっと考えてみようかな。

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